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みどころ

赤壁(湖北省赤壁市)

上坊1号墓(江蘇省南京市)  提供:南京市博物総館

必見

三国志研究史上、最大の発見で、海外初出品となる河南省の曹操高陵出土品や、呉の皇族クラスの墓と目される江蘇省の上坊1号墓など、最新の発掘成果が目白押し!
三国志の実像に迫ります。

曹操高陵(河南省安陽市)

潜入

2009年、河南省安陽市で曹操を葬った墓―曹操高陵発見。そのしらせは国内外の学者たちの注目を集め、現在も調査研究が続いています。
本展では、この曹操高陵の実像に迫ります。ご期待ください!

競演

小説やマンガ、ゲーム、人形劇など幅広いジャンルで世代を超えて親しまれている三国志。
本展覧会では、さまざまな三国志との夢のコラボレーションを企画中。詳しくは本サイトで順次紹介いたします。

プロローグ伝説の中の三国志

伝説の中の三国志

およそ1800年前、後漢王朝の混迷に端を発した三国志の時代は、幾多の武将の栄枯盛衰とともに記録され、のちには歴史性を帯びた伝説となって普及した。
伝説は人々の親しむところとなってそこから詩文や絵画が生まれ、また関羽のように尊崇を集め神格化される武将もいた。
今につながる多彩な「三国志文化」はこうして育まれていった。

あの英傑、あの武将、 あの戦いにまつわる 文物が眼の前に―

趙雲ちょううん

木 清時代・17~18世紀
安徽省亳州市花劇楼
亳州市博物館蔵

曹操の襲撃を受け、逃げ遅れた劉備の子・劉禅を懐に抱いて疾駆する。『三国志演義』屈指の名場面で趙雲最大の見せ場。

関帝廟かんていびょう壁画張飛ちょうひ督郵とくゆう鞭打むちうつ」

土、彩色 清時代・18世紀
2010年、内蒙古自治区フフホト市水門塔伏龍寺
内蒙古博物院蔵

私利私欲にまみれた役人・督郵に張飛の怒りが爆発。『三国志演義』の有名な一幕を鮮やかな色彩で描く本作は、関帝廟の堂内壁画に描かれていたもの。

第一章曹操・劉備・孫権 英傑たちのルーツ

曹操・劉備・孫権 英傑たちのルーツ

魏の基盤を作った曹操は、父祖伝来の勢力基盤を引き継ぎつつ漢王朝の中枢で実権を握り、動乱の時代に覇をとなえた。蜀の劉備は漢皇室の血統を自認し、漢王朝の復興を掲げた。
呉の孫権は海洋ネットワークを駆使して勢力を伸ばすなど、独自の路線を歩んだ。
後世に英雄とも称される彼らのルーツを、選び抜かれた文物から読み解いてみよう。

蜀の劉備の祖、 中山靖王劉勝の 富と権力

ひょう一級文物

青銅、金銀象嵌、メノウ 前漢時代・前2世紀
1968年、河北省保定市中山靖王劉勝夫婦墓出土
河北博物院蔵

蜀の劉備は、前漢6代皇帝の景帝の子である中山靖王劉勝を始祖とした。1968年、この劉勝夫婦の墓が河北省で発掘された。豪華な出土品は皇室劉氏の圧倒的な富と権力を象徴する。

魏の曹操の祖、曹氏一族の墓 その華麗なる系譜

玉豚ぎょくとん一級文物

玉 後漢時代・2世紀
1974年~1977年、安徽省亳州市董園村1号墓出土
亳州市博物館蔵

魏の曹操の祖父・曹騰をはじめ後漢の曹氏一族の墓群から出土。玉豚は高貴な人物の埋葬に際し、その手に握らせたもの。貴族の身分であることを示す銀糸で綴じた玉衣も出土し、曹氏一族が後漢王朝のもと栄達を極めたことを示す。

呉の孫権を支えた海洋ネットワーク

貸客船かきゃくせん

土器 後漢~三国時代(呉)・3世紀
2010年、広西壮族自治区貴港市梁君垌14号墓出土
広西文物保護与考古研究所蔵

漢から三国時代にかけて、呉の沿岸部の墓では船形模型が集中的に出土する。対外交易がさかんだった海洋国家・呉ならではの文物である。

第二章漢王朝の光と影

漢王朝の光と影

漢王朝は天下に比類なき巨大帝国へと成長し、全国各地に統治の網を張りめぐらせた。
しかし2世紀末には王朝内部の政争が表面化し、皇帝は求心力を失っていった。地方では道教教団が台頭して新時代の幕開けを喧伝する黄巾の乱がおこり、漢の都は董卓によって破壊されるなど、社会全体が混迷を深めていった。

黄巾の乱の スローガンを刻む

倉天そうてんせん

土器 後漢時代・2世紀
1974~1977年、安徽省亳州市元宝坑1号墓出土
中国国家博物館蔵

「倉天乃死(蒼天すなわち死す)」を含む3行の銘文を刻む。184年、後漢末期の混乱のなかで発生した黄巾の乱の合言葉「蒼天すでに死す、黄天まさにたつべし」を彷彿とさせる。

黄巾の乱! 横暴を極める董卓! 漢王朝の行く末は―

埋葬者はあの董卓ゆかりの人物か?

儀仗俑ぎじょうよう

青銅 後漢時代・2~3世紀
1969年、甘粛省武威市雷台墓出土
甘粛省博物館蔵

騎兵や車馬などからなる儀仗行列。墓主は、後漢末期に漢王朝を揺るがした董卓配下の有力武将であった可能性もある。

第三章魏・蜀・呉 三国の鼎立

魏・蜀・呉 三国の鼎立

魏、蜀、呉の鼎立は、後漢時代の末期に形づくられ、それぞれの境界で争いはとくに熾烈を極めた。
220年、曹操が没して息子の曹丕(文帝)が後漢から皇位を奪うと、蜀の劉備と呉の孫権はこれに反発し、互いに正統性を主張した。ここでは、後漢時代から三国時代の武器や著名な合戦を取り上げ、その時代の空気を感じ取る。

呉の名将、 朱然の墓での 発見が物語る“リアル”

童子図盤どうじずばん

木、漆 三国時代(呉)・3世紀
1984年、安徽省馬鞍山市朱然墓出土
馬鞍山市三国朱然家族墓地博物館蔵

呉の名将・朱然の墓から出土。棍棒を手に立ち回る童子を描く。底面に「蜀郡堅牢」とあり、蜀の地の工房で作られたことがわかる。朱然は樊城の戦いで関羽を捕らえたことでも有名。

せめぎ合う三国―

蛇矛じゃぼう

青銅、鍍錫 石寨山文化期・前2世紀
1956年、雲南省昆明市石寨山3号墓出土
雲南省博物館蔵

張飛が生きた時代の「蛇矛」はまだ発見されていない。しかし本品のように紀元前2世紀頃の実例は存在し、文献記録では4世紀頃の蛇矛の記述がある。

鈎鑲こうじょう

鉄 後漢時代~三国時代(蜀)・3世紀
1998年、四川省綿陽市白虎嘴崖墓出土
綿陽市博物館蔵

上下が鈎状で、中央が小型の盾になった歩兵の防具。もう片方の手に刀を持って戦った。

曹操が寵愛した武将、曹休 その名が印章に・・・

曹休そうきゅういん

青銅 三国時代(魏)・3世紀
2009年、河南省洛陽市曹休墓出土
洛陽市文物考古研究院蔵

魏の将軍・曹休は曹操の甥にあたる。十代の頃に父と死別したが、曹操は「我が家の千里の駒である」と言って、我が子同然に可愛がった。『三国志』の登場人物の名を刻んだ印章はこの「曹休」印が唯一の出土例。

当時の“リアル”な 戦乱を物語る武器

撒菱まきびし

青銅 後漢~三国時代・3世紀
陝西省勉県定軍山出土 勉県博物館蔵

交通の要衝・漢中をめぐる定軍山の戦い。侵攻ルートに仕掛けたのは曹操軍か、劉備軍か?

第四章三国歴訪

三国歴訪

魏は漢王朝の中心地であった黄河流域に勢力を張り、蜀は自然の恵み豊かな長江上流の平原をおさえ、呉は長江下流の平野部と沿岸域に割拠した。異なる風土は、それぞれに独自の思想や習慣を育んだ。
各地で出土する文物にも、三国それぞれの特色があらわれている。

青磁の名産地、呉

神亭壺しんていこ一級文物

青磁 三国時代(呉)・鳳凰元年(272)
1993年、江蘇省南京市江寧区上坊出土
南京市博物総館蔵

呉の上流層に好まれたオリーブグリーンのやきもの。これぞ青磁の原点。

三角縁神獣鏡の 源流を解く鏡

方格規矩鳥文鏡ほうかくきくちょうもんきょう

青銅 後漢~三国時代・2~3世紀
1955年、遼寧省遼陽市三道壕1号墓出土
遼寧省博物館蔵

紐を通すための穴が長方形を呈し、銘文には「同出余州(銅は徐州より出づ)」とある。また文様の最も外側に突線がめぐるなど、中国出土鏡では例が少なく、日本列島で出土する三角縁神獣鏡に認められる特徴をそなえる。

『三国志』では 描かれなかった 蜀のマジカルワールド

揺銭樹台座ようせんじゅだいざ

土器 後漢時代~三国時代(蜀)・3世紀
2012年、重慶市林口墓地2号墓出土
重慶市文化遺産研究院蔵

富裕層の墓に置いた「金のなる木」の台座。

第五章曹操高陵と三国大墓

曹操高陵と三国大墓

後漢時代の末期から三国時代になると、支配者たちは墓づくりに対してこれまでとは異なる路線を歩みだした。
豪華さを競うのではなく、質素倹約を貴ぶようになったのである。
ここでは、2009年に発掘されて話題を呼んだ曹操高陵(曹操墓)をはじめ、各地の著名な古墓を巡り、支配者たちの意識の変化に迫る。

魏の文帝・曹丕もあこがれた… 三国志の権力者たちの “リアル”な装いとは?

金製獣文帯金具きんせいじゅうもんおびかなぐ一級文物

金、貴石象嵌 後漢時代・2世紀
2009年、安徽省寿県寿春鎮古墓出土
寿県博物館蔵

体躯をくねらせた瑞獣を立体的にあしらい、随所に貴石を象嵌し、金粒細工を施す。魏の文帝もこうした豪奢な金具をつけた帯を欲したが、すでに作り手が絶えていたという。

呉の皇族級の墓も見つかった! 近年続々と明らかになる
“これぞリアル三国志”

虎形棺座とらがたかんざ

石 三国時代(呉)・3世紀
2006年、江蘇省南京市上坊1号墓出土
南京市博物総館蔵

棺をのせるための台座を虎形にすることで、埋葬者の強大な権力を誇示しようとしたのだろうか。上坊1号墓は呉の墓では最大規模を誇り、副葬品や墓の作りも当代随一であることから、呉の皇族級の人物が葬られたと推測される。

中国国外初公開!
あの曹操の墓からの出土品が
ついに日本へ―

かん一級文物

白磁 後漢~三国時代(魏)・3世紀
2009年、河南省安陽市曹操高陵出土
河南省文物考古研究院蔵

四つの耳をもつ罐は、三国時代頃の典型的な容器のひとつ。そうしたなかで本品が異彩を放つのは、白化粧に透明釉をかけて高火度で焼き上げた「白磁」ということである。中国磁器文化の礎ともいうべき白磁は、従来、6世紀末頃に出現すると考えられてきたが、本品はこれを300年以上さかのぼる。

石牌せきはい
魏武王ぎのぶおう常所用つねにもちいるところの挌虎大戟かくこだいげき一級文物

石 後漢~三国時代(魏)・3世紀
2009年、河南省安陽市曹操高陵出土
河南省文物考古研究院蔵

「魏武王が愛用した虎をも打ち取る大きな戟」と刻む。魏の武王は曹操を指し、これにより発掘された墓が曹操高陵であることの決め手となった。

エピローグ三国の終焉ー天下は誰の手に

三国の終焉ー天下は誰の手に

つわものたちが幾多の戦いを繰り広げた三国時代。最後に天下をおさめたのは魏でも蜀でも呉でもなく、
司馬氏が建てた西晋王朝であった。司馬氏は各地の有力一族の基盤を守りつつも、新たな秩序を生み出していった。

世界一短い三国志!

晋平呉天下大平しんごをたいらげてんかたいへいせん

土器 西晋時代・3世紀
1985年、江蘇省南京市索墅磚瓦廠1号墓出土
南京市博物総館蔵

西晋時代の墓に使われていた磚に「晋、呉を平らげ天下大平」と刻印。三国志の時代の結末をもっとも端的に伝えている。

書聖・王羲之
ゆかりの土地から出土―

蝉文冠飾せみもんかんしょく

金 西晋時代・3世紀
2003年、山東省臨沂市王羲之故居洗硯池1号墓出土
臨沂市博物館蔵

貴族が頭にかぶる冠につけた蝉の飾り。大小の金粒を的確に配するなど超絶技巧が光る。